探偵小説の進みべき道

 「不木全集第12巻 文学随筆」P26

「一口にいえば、文学が存在する限り、探偵文学も存在するであろう。」

  

  「不木全集第12巻 文学随筆」P29

 「探偵小説の流行を盛んにするには、長編がどしどし発表されねばならない。涙香物が一時天下を風靡したのは、その殆ど悉くが長編だったからである。…長編探偵小説を書くためには、なおさら、従来の著名の作品の研究を深めねばならない。長編小説の興味はまったく筋の立て方の巧拙にかかるのであるから、出来るなら二人以上の作家の力を併せてでも、工夫をこらすべきであろうと思う。…いづれにしても、日本の長編探偵小説時代は、これからであって、そのうちには、新しい涙香時代がくるであろう。」

  

 「不木全集第12巻 文学随筆」P30 

「長編探偵小説が大衆的であるのに引きかえ、短編探偵小説は、それほど大衆的のものではない。通常(短編探偵小説は)『本格』と『変格』とに分類されているが、従来の作品は『変格』が甚だ多かった。変格探偵小説は作者のウィット(機知)の産物である。ウィットで作られるものは、…まったく作家の天分によるより外はないのである。それ故読む方でも、作家の天分を鑑賞する気になって読むのであって、大衆的にはなりにくいのである。だから探偵小説家が、変格的な短編小説を発表している間は、探偵小説の流行をそれほど盛んにならしめ得ないのである。」

  

 「不木全集第12巻 文学随筆」P31

 「探偵小説を大衆的に盛んにしようと思うならば、各作家は、本格的な、大衆的な短編小説をも産出するように努力すべきである。が、探偵小説の読者には、不思議にも、自然科学を修めた人々が多いから、作品が『科学的』であることは常に必要な条件であると思う。科学的であるということは、前にも述べた如く、必ずしも自然科学的知識を織りまぜることではなく、むしろ作品にスキのないことをいうのである。即ち、前後に矛盾と無理のないことである。これがため、本格探偵小説の構想には可成り骨が折れるのであって、作家は余程身体が健全ではなくてはならない。」 

 

 「不木全集第12巻 文学随筆」P32~P34

「今後の長編探偵小説では、一つのミステリーを、その事件に関係した総ての人物が有意識または無意識に解決して行くといったような形式をもったものが喜ばれやしないかと思う。」

「こうは言うものの、実をいうと私自身、探偵小説の行くべき道をどうしたらよいか、まだ迷って居るのであって、もしどなたかに適当な道を教えてもらうことが出来れば幸甚の至りである。」

 

 「探偵小説四十年 探偵小説はどうなったか」 江戸川乱歩著P118

「何といっても、本邦探偵小説界は前掲の三人を恩人と云うざるを得ぬ。即ち森下雨村はその紹介者として、江戸川乱歩は探偵小説の位置を高め、文壇的に認めさせたる点において、又小酒井不木は一般娯楽雑誌に探偵小説を掲載せざるべきからざる機運を作りたる点において、本邦探偵小説中興史の第一頁に特筆大書すべきである。」